Special Interview
サウンドエンジニア Yuya Tokunagaさん
運営インタビュー編
楽曲制作者から提供された素材音源を、CD音源やライブ用音源として完成させていくサウンドエンジニア。RAYのほぼ全ての楽曲をこれまで仕上げてきたサウンドエンジニア Yuya Tokunagaさん(徳永さん)はどのようにRAYのサウンドの成長に貢献してきたのか。メンバーのインタビューに続きRAY運営がインタビューを行った。
■運営との6年間を振り返って
運営(楽曲ディレクター・みきれちゃん) 僕は楽曲ディレクターという役回りなので、運営の中では当然というか、徳永さんと最もやりとりをさせていただいています。RAYの音楽面でのクリエイティブにおいて、徳永さんのサウンドエンジニアとしての貢献は筆舌に尽くし難いものがあります。RAYは音楽をとても大切にしているグループであることを踏まえると、とてつもなく重要なポジションの方です。にもかかわらず、サウンドエンジニアという仕事は、やはり何をされているかわかりにくい部分もあるのも事実です。
僕は自分自身で作詞・作曲・編曲もしますが、楽曲制作者からすると有能なエンジニアさんというのは作品の質を決定的に左右する核の存在だと思っていて、この認識は自分に限らずほとんどの楽曲制作者と共通だと思います。いい曲を作ることと、いいmix・マスタリングをする能力は別の能力、才能だという感覚があります。どちらもできる人もいますが、別の能力を2つ持ち合わせているということだと思います。
僕が手元のDAW(注:音楽制作ソフト)でいじっている段階の音と、徳永さんのmix・マスタリング作業を経て出てきた音というのは全く別物です。過去運営していた・・・・・・・・・(注:通称ドッツトーキョー)で、「1998-」という曲があり、僕がDAWで制作している段階からトラックをバージョンアップさせるごとにSound Cloudにアップし続け、楽曲の制作過程を見える化するという企画をしたことがあります(注:https://soundcloud.com/user-978365168)。合計15バージョンくらいアップしたのですが、最後にアップしたバージョンが徳永さんのmix・マスタリング済みトラックで、ファンの方も直前トラックとのあまりの変化に驚いていました。
という感じで、見えにくいものの重要なサウンドエンジニアという仕事にフォーカスするインタビューです。徳永さんへの信頼感をつらつら話しましたが、聞いてみていかがですか?
Yuya Tokunaga(以下徳永) はい、理解しました(笑)。確かにRAYの仕事は気合入れてやっていますが、むしろ逆にありがとうございます。
運営 RAYはほぼ全曲、特殊な事情がない限りmix・マスタリング関連の仕事は徳永さんにお願いしていて、・・・・・・・・・の頃から考えると6年くらいのお付き合いです。最初の印象はいかがでしたか?
徳永 アイドルがレコーディングしにきた、という感じの印象でしたが、mixに関する運営さんとの最初のやりとりで、「あ、いわゆるアイドル的な感じではないんだな」と思いました。
運営 6年前の当時からアイドルのレコーディング、mixはやっていたのでしょうか?
徳永 やっていました。
運営 最初にレコーディング、mixした曲から調整トラックのバージョンが20を超えた記憶があります。つまり20往復はしたと。今考えると失礼というか、仕事のやり方をわかっていない若輩者という感じで、申し訳なく思います。少ないやりとりで効率的に最良に仕上げていく方がいいし、それが楽曲ディレクターの仕事だと思うので。
僕が過去やっていたバンドでも、エンジニアにレコーディングしてもらった経験が実はないんです。バンドメンバーがMTR(注:マルチトラックレコーダー。DAWが普及する前にはインディーズバンドがレコーディングツールとしてよく使用していた)を持っていて、それでDIYにレコーディングしていました。それもあって、レコーディングもmixも知識、経験が皆無で、この6年間で徳永さんに育ててもらった気持ちがあります。
徳永 それについては逆に申し訳ないと思うことがあって。専門知識が入ってしまうことで余計なことをしてしまったりということが人間は逆にあると思っていて。最終的には感覚的にやることが正義だというような思いがある一方で、最低限こうしなきゃいけないといった作法の様なものは事実あって、難しいバランスだと思いますが。
■「自分にとってのいい音」をスタート地点に
運営 それにつながる質問なのですが、mixに際しては、楽曲制作者からmixイメージになるリファレンスが送られてくることがしばしばあります。あれってぶっちゃけどうですか?
徳永 制作者さんにもよると思いますが、雰囲気としてのリファレンスなのか、サウンドとしてのリファレンスなのかでも変わってくると思います。リファレンスと合わせて音源が送られてくることはよくありますが、基本的にはあまり気にしない様にしています。リファレンスに寄せることももちろん意味はあると思いますが、自分にとってのいい音という感覚をまずはスタート地点にしたいと思っています。
運営 RAYの1stアルバム『Pink』をKAG Junさん(注:メンバーインタビューカメラマン・テクニカルスタッフ)に昔聞いてもらった時、「MID(注:楽曲の中音域)が出ていることで柔らかい感じになり現代でも聞きやすい」というコメントをもらったことがあり、なるほどと思いました。そういうのは徳永さんの「自分にとってのいい音」という感覚と関係があったりしますか?
徳永 音の全帯域をフラットに聞かせるというのは意識はしています。ニュートラルな0の状態をプラスに持っていくかマイナスにもっていくかというのはディレクションの最終判断だと思いますが、その意味で0にもっていくことがMIDが出ていることと重なっている。
運営 MIDが出ていることは言い換えると音の柔らかさ、丸さみたいな部分で、だから聞きやすいというか、アイドルポップスとして成立している重要な要素なのかもしれません。
徳永 ボーカルを聞かせようとするとMIDは出てくる気がします。
KAG Jun 少し補足すると、RAYの『Pink』を聞く事前情報として「バンドっぽい」という先入観があって、バンドサウンドは結構ボーカルが聞こえにくかったりすることが多いですが、でもRAYは四人の声がちゃんと前に出ていて。そして声がちゃんと出ているんだけど、バックでバンドサウンドがバンバン暴れている。このポップスとバンドサウンドの融合感というのが面白かったです。
運営 すごい。言われてみれば感覚的な狙いはその通りかもしれません。実は徳永さんの戦略通りなのかもしれないですが(笑)。最近はレコーディング時のボーカルディレクションでも、曲にハマるか感覚的に判断することが増えてきているので、今の話は納得できました。昔は機械的にディレクションすることもあったので、ディレクションのなだらかな変化かもしれません。
徳永 ディレクションもそうですが、サウンド的にも変わってきていると思います。
運営 サウンド的な変化はどんなところですか?
徳永 あー影響しちゃうといけないのでここでは言わないでおきます(笑)。
■田舎の山奥でひとり培った探究心
運営 わかりました(笑)。では質問の流れに戻ります。サウンドエンジニアになろうと思ったきっかけはありますか?徳永さんのエンジニアノウハウはほぼ独学と聞いています。
徳永 そうですね。僕は九州のすごい田舎の山奥で生まれ育ったんです。バンドがやりたかったのですが、バンドをやる人がいなくて。山奥なので近所にコンビニとかもないんですけど、下山したところにあるコンビニで立ち読みしてたら、パソコン一台あればバンドができるらしいというのを知りました。それでお母さんにパソコンを買ってもらいました(笑)。それで、学校に置いてある楽譜とかをみながら楽器を全部パソコンに打ち込んで、それがずっと楽しかったんです。部活もやってたのですが、それと並行して家に帰ったらずっとパソコンで音楽をしていました。学校が好きじゃなかったのですが、家に帰ったら音楽ができると思って頑張っていました。その後大学で東京に出てきて、当時はまだ部活をやっていたのですが「やっぱ音楽だよな」と思って、スタジオで働き始めました。スタジオでも「何でこんなに機材使えるの?」と驚かれていました。
運営 徳永さんをみていると音楽に限らず探究心が異常だと感じます。ある日、突然RAYの運営の小林(注:RAYのウェブサイト構築などを担当している運営)に連絡がありました。「HP作りたい」って(笑)。それで小林が相談に乗っていたのですが、「この人本当に初心者?」って言ってたんです。HP制作も自分でほとんど勉強して最後の高度な質問を小林にしてきたというエピソードで、DIYで、しかも楽しみながらモリモリ興味対象にエネルギーを注げる人なんだろうと思います。
徳永 オタク気質は間違いなくあります。
■アイドルレコーディングのポイントは参加しやすい雰囲気をどれだけ作るか
運営 質問に戻ります。RAYのサウンド面で変化したことは?という質問に対してお茶を濁されたのですが(笑)、逆にRAYと関わる中で徳永さん側で変化があったりはしましたか?
徳永 技術的な部分での変化はありますが、精神的には当初のままでいるつもりです。
運営 なるほど。アイドル楽曲のサウンドエンジニアリングで特徴的なことってありますか?
徳永 アイドルは例えばダンスが好きで加入したというメンバーもいるわけで、歌唱が得意じゃない、レコーディング経験が浅い、というメンバーもいて、どれだけレコーディングしやすい雰囲気を作るかというポイントはある気がします。緊張すると全然声が出なくなってしまったりすることもあるので、その緊張をほぐす必要がある。例えばバンドマンは自分がやりたくてやってるケースがほとんどですから、大きな違いです。
運営 なるほど。RAYは結構細かくレコーディングしていることもあって、メンバーが鍛えられているのかなと思うことがあって。言い換えるとレコーディングに対してとても主体的です。RAYのレコーディングエンジニアは基本徳永さんですが、先日別のレコーディングエンジニアさんにお世話になる機会がありました。そのレコーディングエンジニアさんが終わった後に「バンドでもこんなに追い込んでやらないよ」と言っていました。RAYはメンバーから「今のは録り直しさせてください」や「こういうニュアンスはどうですか?」という提案がレコーディング中に出てくるのですが、こういうのはもしかすると他のグループではあまりないのかなと思ったりします。僕の仕事はレコーディングしやすい雰囲気を作ることなのかもしれないけど、メンバーをその一歩先を行っていて、共創しているような感覚を持っています。たまに生意気だなと思うことはありますけど(笑)。
徳永 RAYのメンバーは楽曲にきちんと向き合っていると思います。
■ライブに特化した音作りと音のLOW感について
運営 また別の質問をさせてください。RAYは正規音源とライブ会場で出している音源が違います。あるタイミングで、僕から「ライブでしっかりした音を出したいから一度長尺のライブを見に来て欲しい」とお願いし、来てもらいました。そこからライブ用音源の調整が始まり、調整を進める中で今では安定していい音が鳴るようになってきたように思います。
徳永 トラックの音量をあげすぎていたと思います。一つのお皿の中に食材を思いっきり詰めている状態で出していて、それはそれで正解だと思うんですけど、ライブ会場だとすべての音がなってしまう。音がごちゃっとするので、メンバー視点で言うとリズムが取りづらかったり、するとダンスに影響が出たりということが起こっていたのではとも思います。
運営 その話で言うと、ライブ用音源ではドラムのキックを上げるような調整をしていて、これは客席側の出音を意識しての調整ですが、メンバーがステージ上でリズムを聞きやすくなる効果もあったように思います。特に「星に願いを」はリズムパターンが複雑で歌いにくさがありましたが、この効果が顕著に出てリズムを取りやすくなったとメンバーも言っていました。
音作りの話で、今度の2ndアルバムの話を少ししたいです。徳永さんとは次のアルバムから、こんなことを試そうという話をしていました。一つは音量感で、パンパンに音量、音圧を上げた状態ではなく、余白のあるレベルに設定すること。これは先程も話題に出た音量、音圧を上げると、どうしても音が潰れてしまい、音の立体感、奥行きがなくなってしまうという話です。もう一つは、ベースやキックなどのLOW(注:楽曲の低音域)をしっかり出すことです。音のLOW感についての考えを聞かせてもらってもいいですか?
徳永 例えば「TEST」はベースの動きが特徴的だったりするので、そういう部分を聞こえやすくすると面白いかなと。
運営 徳永さんがLOW感という時、それは単なるリズム感、グルーヴ感の強調、とかの話ではないように聞こえます。
徳永 RAYはギターの存在感が大きい曲が多いですが、ベースやキックなどのLOW部分は、やはりサウンドの土台です。建築でも土台がしっかりしていないといけない。
運営 徳永さんとの会話では、「最近はこんな音作りがトレンドですよ」というような話題も出てきます。次のアルバムのLOW感についても、そういうトレンドの話題の流れから決まっていたような経緯もあります。ここ最近でいいなと思った音作りをしているミュージシャンはいますか?
徳永 Billie EilishやBTSでしょうか。LOWの一番下の聞こえるか聞こえないかぐらいの、小さいスピーカーではまず聞こえないような帯域で遊んでいるんです。ドドドドと低い帯域で遊んでいてある瞬間に30hzくらいの音がドンっとなり始めて、そこで緩急をつけるような、そういう音作りがトレンドとしてあるような気がします。ヘッドホンやイヤホンじゃないとわからないような音の話ですが。
■mixやマスタリングの「正解」とは
運営 これで用意してきた質問は一通りお聞きできました。徳永さんから何か他にありますか?
徳永 ここで話す意味がある話題だと思うのですが、mixやマスタリングの「正解とは」みたいなことについてどう思われますか?
運営 なるほど。最終的には自分が聞いて気持ちいいかどうかというのが大事じゃないかなと思います。僕がリファレンスをよく出すのも、自分にとって気持ちいい音はこれだと明示するためなのだと思います。楽曲ディレクターの仕事というのは、自分の中の「気持ちいい音」の水準、リテラシーを鍛えて行って、その水準でジャッジすることによって、アウトプットの質を上げることなのかなと思います。うまい棒の美味しさと、フランス料理の美味しさは質が違うと思いますが、フランス料理的な水準でうまい棒を評価することはあまり意味がないので、リテラシーというのは状況に応じて使い分けるという意味で効いてくると思います。リテラシーを通して、曲や状況によって、何がフィットするかを判断して正解を決めていくというか。あるいは正解よりも正解じゃないものの方が分かりやすいかもしれません。正解じゃないものを削っていって正解に辿り着くようなやり方です。
徳永さん的にRAYの楽曲に「正解だ」という曲はありますか?
徳永 これが正解だと思ったことはないのですが、RAYの楽曲を聞いていて、鳥肌が立って涙が出るくらいに感じたのは「星に願いを」です。今まで何度も聞いて調整してたはずなのに、ある時ふと聞いて、すごいいいなと感じた。
運営 なるほど。僕は「わたし夜に泳ぐの」が正解に近い気がしています。マイナス要素が何もないですし、ロックやシューゲイザーが好きでもそうじゃなくても、みんなが聴ける曲だなと。mix的にもものすごく整っていて正解感があります。
というところでインタビューを終了したいと思います。ありがとうございました。
今回の運営インタビューでは、RAY運営と歩んだ6年間の振り返りから、徳永さんが探究心を培ってきたルーツ、音作りの思想や制作過程の詳細を伺った。常に探究心を持って正解の音を求め続けるYuya Tokunagaさん。メンバーインタビューでは仕事の概略やより良い楽曲に至るための苦労や工夫、レコーディングを通じたメンバーとの関わりが語られている。未読の方はぜひお読みいただきたい。